■プロローグ
美容師は、サービス業の中でナンバーワンだ。
僕は心からそう信じている。
練習に練習を重ねた技術。
研ぎ澄まされたセンス。
そして、プラス、対人関係能力。
これをすべて「一人で」持つことが、売れる美容師の条件だ。
そしてそれらは、時代とともに常に変化させていかなければならない。
去年までの技術が、来年も通用するとは、断言できないんだ。
こういった職業って、ちょっと他に見当たらない。
僕が1992年にはじめ、現在もオーナーをつとめるヘアサロン「RITZ」(リッツ)は、現在都内に5店舗、鹿児島に1店舗ある。
オフィスである「KPM」「AT RICH」を含めても、全社員数80名。
決して巨大なグループではない。
しかし僕は、僕たちリッツが「最強サービス集団」であると、信じている。
サービスの中心は、つきつめていくとやはり「サービスをする人間」ということになる。
リッツのスタッフたちは、常にさまざまな手段で自分のスキルに磨きをかけ、「サービスをする人間」として成長を続けている。
そんな集団だ。
そんな連中が、共通のビジョンのもとに仕事をしている。
ビジョンのひとつにあるのが、「美容を一番のサービス業にする」ということ。
そう、今はまだ、美容=美容師が最強のサービス業だと思う人は、実はそんなに多くない。
サービス業としての美容師が何をしているのかが、これまでメデイアからはなかなか伝わらなかった。
メディアが伝える美容師は、「サービスパーソン」というよりも、「職人」あるいは「アーティスト」に近いものだ。
あるいは「ファッション業界」の中に位置づけされたりする。
間違いではない。美容師にはそういう側面がある。
でも、美容業界は、サービス業としてのスキルを他のサービス業からどんどん取り入れ、サービス面での進化を続けてきた。
他のサービス業の方が、あまりにも美容業を見ていなかった気がする。
すべての産業がサービス業化している今、どこを向いてもサービスの嵐だ。
ホテルのサービス、飲食店のサービス、小売店のサービス、水商売のサービス、もちろん会社のサービスもあるよね。
そんな中で、たとえばあなたがホテルに予約の電話をする。
すごくいい応対だ。
で、今度はヘアサロン・リッツにも予約の電話をする。
いい応対なんだけど、ホテルよりは乱暴だった…。
そうなると、あなたに、「リッツ、だめじゃん」と思われかねない。
お客様は、「ヘアサロンの中では」なんて見方はしてくれない。
予約電話の応対は、一日に経験したサービスのひとつとしてしか見ていない。
だから、もう、同業種ばかりに注目していたらだめなんだ。
自分で言うのもなんだが、僕たちリッツは、美容業界では「イノベーター(先駆者)」と見られている。
そんなリッツがサービスのために何をやっているのか、何を考えているのか、を書いたのがこの本だ。
美容業界の人間の実践が書かれているが、僕たちの経験があなたを含むすべてのサービス業にたずさわる方にとって参考になればすばらしい。
世の中にはまた新しいサービスのためのスキルが生み出され、またそれがみんなの参考になる。
僕たち美容師も、またそれを取り入れ、一日も早く名実ともに「美容がサービスのナンバーワン」といわれるようになるからね。
✳️ 美容師のサービス 3つの要素
「だから、美容師は最強のサービス業なんだ」
今、世の中には様々なサービスがあふれている。
例えば、あなたが朝起きてから夜眠るまでに受ける「サービス」を考えてみてほしい。
朝、コンビニに立ち寄った時の、店員さんとのレジでのやりとり・・・。
昼時、ランチを食べにいったお店の料理、接客・・・。
タクシーに乗った時の、運転手さんとの会話・・・。
ホテルに泊まったらどうだろう。
フロントの応対、客室係のサービス・・・。
そんな「サービス」であふれる今の時代に、僕が
「美容師こそサービス業のナンバーワンである」と胸を張る理由は、美容師のサービスが次の3つの要素を兼ね備えていなければならないから、
そして、その3つを兼ね備えなければならない仕事が、ちょっと他に見当たらないからだ。
(1)技術
(2)センス
(3)対人関係能力
この3つの要素を、たった一人で提供する、それが美容師のサービスだ。
例えばレストランであれば、すばらしい技術を料理人が持ち、すばらしい対人関係能力をウェイターが持っていればいい。
でも、ヘアサロンでは、すべてを一人の美容師がこなさなければいけないんだ。
そして美容師は、この3つの要素を常に磨いている。
まずは(1)の「技術」・・・。
技術を向上させるために、本当にすべての美容師がよく練習している。
練習に充てる時間は、お店が始まる前とお店が終わってから。
つまり仕事時間外だ。
これは今も昔も変わらない。
毎日毎日が練習の日々。
さらに、技術は年々進化していく。
身につけ、強化するべきテクニックは、次から次へと生まれてくる。
それに追いつくために、また練習を重ねる。
でも、お客様がヘアサロンに来る目的は、もちろん「きれいになりたいから。」
だから、技術が備わっているのは、ある意味、あたりまえのことだ。
次に、(2)の「センス」が必要になってくる。
「センス」とは、要するに「ヘアスタイルをデザインする力」のこと。
単なる技術者ではなく、美容師はデザイナーでもなければならない。
センスは、経験・情報量に比例する。
いかに多くのヘアスタイルをつくってきたか、そしてその中で自分の「こだわり」を見つけられるか(ある人は全体的なラインにこだわるだろうし、またある人は前髪にこだわる・・・といった具合だ)ということが、美容師のセンスを決めることになる。
とにかく経験を積んでいかなければ、話にならない。
でも、ここまでだと、ただの「センスのある技術者。」
美容師はサービス業。
一番大切なのは、(3)の「対人関係能力」だ。
「対人関係能力」とは、もちろん、お客様とのコミュニケーションのこと。
この本でもいろいろ話しているけど、第一印象(身だしなみなど)、トーク(テクニカルトーク、デザイントーク)・・・やるべきことはたくさんある。
すばらしい技術を持っていても、またその技術を駆使すべきすばらしいセンスを持っていても、
お客様との関係をつくれない人は、美容師としてはやっていけないんだ。
この3つの要素のうち、ひとつでも特化した能力があれば、それはそれで「売れる美容師」になれる可能性はあるかもしれないが、やはり、どれもなくてはならないものには違いない。
ないものは他の要素で補う。
要するにバランスが必要なんだ。
うまくバランスがとれた者が、本当に売れる美容師になれる。
3つの要素を常に磨き続け、バランスをとり続ける・・・
そうしてこそ、美容師はナンバーワンのサービスパーソンなんだ。
✳️ 記憶に残るサービス
「ただ心地いいサービスではだめだ。お客様の記憶に残らなければ・・・」
サービスの場において、サービスする側が
「自分のことを知っていてくれている」というのは、うれしいものだよね。
何人もいるお客様の一人ではなく、パーソナルな「あなた」の趣味嗜好、情報を知っていてくれたら、「え?、なんでそこまで知っているの?」
って、記憶に残るだろう。
僕たちリッツのサービスの基本、「記憶に残るサービス」とは、お客様に、「え? なんでこんなこと知っているの?」と思ってもらう・・・というものだ。
「何度も来たくなるサービス」
「何度も来てもらうためのサービス」といってもいい。
いかにお客様のパーソナルな情報を仕入れられるか、そしてそれをサロンとして共有できるか、ということがカギだ。
リッツでは、お客様の「カルテ」とは別に、「パーソナルカード」という、自分がお客様に感じたことをメモしておくカードを用意している。
カルテは、お客様に質問事項に答えてもらうことでつくられる。
パーソナルカードは、あくまでも美容師がお客様を観察していて感じたことを書いておくものだ。
たとえば・・・「この方は左利きだ」とか、「沖縄が好き」「10月はお仕事が忙しい方」なんていう感じ。
これもお客様のパーソナルな情報を取っていくひとつの方法だ。
また、「お客様を観察する」ということも必要。
サロンでお客様がどのように過ごしているかを観察する。
そして、事前のアンケートやちょっとした会話から引き出された、お客様の趣味、嗜好を覚えておく。
お客様が再度来てくれた時に、それらの情報を使って喜ばせる。
それが「え? なんで知っているの?」につながり、記憶に残り、また来たい、という気持ちに結びつく・・・そう考えている。
たとえば、パーマ・カラー待ちの時間。
お客様がその「つらい待ち時間」をどのように過ごしているか・・・。
前回読んでいた雑誌は何か。
「VOGUE」を読んでいたとしたら、その続きの号をとっておいて、パーマ待ちになったお客様に渡す。
「『VOGUE』、とっておきましたよ」って。
これ、ちょっとうれしくない?
「あ、私の読んでいた本、覚えていてくれたんだ?」と思ってもらえる。
あるいは、会話から得た情報を使うと、たとえばこうなる・・・。
音楽ではどんなアーティストが好きか、ということがわかっていれば、そのアーティストのCDをそろえておく。
ヘッドホンは使い捨てのものでいい。
「オアシス、好きでしょう? これ、新譜ですよ。 もう聴きました?」
「あ、聴きたかったんだ! ・・・なんで知ってるの?」
また、これからオープンする予定の新しい店舗では、DVDのサービスも行なうことになっている。
今はモニター付きのハンディなDVDプレーヤーが出ているからね。
前に話したパーソナルカードに、たとえば「南国が好きな人」と感じてメモしていたら、南の島の風景を映したDVDを用意する。
「ここの海、すごくきれいなんですよね」って。
「あ、そこ、行きたかったんだ・・・って、なんで知ってるの?」
「いえ、この前いらしゃった時に、伺いましたから」他の業種でいえば、たとえばレストラン・・・。
初めていったレストラン。
料理がすごくおいしかったとする。
雰囲気もいい。
お店側も絶対の自信のもとに、「是非またいらしてください」って、名刺を渡す。
で、二回目には予約の電話を入れて行く。
もしあなたが左利きだったとして、テーブルの上にセットされているナイフとフォークの位置が、初めて行った時と逆だったら・・・
つまり、あなたに合わせて置いてあったら・・・
怒り出しはしないでしょう?
うれしいんじゃないかな?
「あれ? なんで(私が左利きだって)知ってるの?」って思うだろう。
これが「記憶に残るサービス」。
僕たちはいつも、「記憶に残るサービスって、なんだろう・・・」
と、自分に問いかけるようにしている。
それがリッツのルール。
具体的には、各サロンで、「記憶に残るサービス箱」というものを設けて、スタッフ全員からアイデアを募集している。
箱に集まったアイデアを月に一回審査して、採用されたものには、5万円の賞金を出している。
この方が、みんなで集まって「記憶に残るサービスを考えよう!」って、ブレインストーミングをするより、気づきのあるアイデアが出てくる。
実際に、普段の仕事をしていたら、結構重要なことに気づいていても、そのままにしていたりするものなんだ。
たとえば最近採用されたものは、フロント係のスタッフから提出された「フロント専用カルテ」。
フロントが、すでに明日来店するお客様が誰々ということがわかっていて、その人の情報を把握できていたら、入店の瞬間から「○○様、いらっしゃいませ」という一言を、知り合いとしてフレンドリーに言える。
これって、お客様の気持ち・・・
サロンに入る時のちょっと緊張した気持ちを考えると、とても有効なことなんだ。
ブレインストーミングって、思い付きのアイデアは出ることは出るけど、なかなかそのアイデアが実現されることは少ないんだよね。
やはり、一人一人がひとつのアイデアについて常に考えていて、それを熟成させる時間っていうのが必要なんだ。
たとえばお客様から取るアンケートも、「それに応える」っていうのが目的になっちゃだめだよね。
サービスをする側が「これが欲しかったのよ」と思わせるサービスを編み出すための材料にしなきゃいけない。
そんなサービスをお客様に提供できれば、そのお客様は、必ずまた来てくれる。
僕たちはそんなふうに考えている。
✳️ パーマ・カラー待ち
「サロンに来るお客様にとって一番つらい時間だ」
「パーマ待ち」「カラー待ち」。
文字通り、パーマ液やカラーリング剤が定着する数十分の時間。
お客様は椅子に座って、じっとガマンしていなければならない。
お客様にとっては、この時間がサロンに来店して一番つらい時間だろう。
ここでお客様が「居心地が悪いな」「もうあんな思いをするのは、いや」と感じたら、もちろんもう来てくれない。
こちら側にしてみれば、とても気になる時間だ。
たとえばドリンクのサービス。
リッツの代官山店ではかなりこだわっている。
コーヒー、紅茶はもちろん、お茶だけでも数種類のものを用意している。
ジュース類も、産地直送のこだわりのものをサービスしている。
また、自由に使ってもらうためにマニキュアセットも用意し、リッツのスタッフ紹介、サロン紹介、リッツのサービスの紹介が書かれた「リッツサービスマニュアル」もここで見てもらう。
(ホテルにはそのホテルのサービス内容が書かれた印刷物が用意されているのに、美容室にそれがない、ということも、不思議だったんだ。)
でも、パーマ待ちといえば、なんといってもこだわりたいのは、椅子だよね。
まず何より、疲れない椅子。
リッツの代官山店では、高級なバルセロナ・チェアを用意し、とにかくお客様が肉体的に疲れないことを心がけている。
さらに、用意する本にも当然気をつかう。
読みたくもない本が目の前にあるっていうのは、結構つらいものだ。
だからここでも、お客様の行動は常に観察していなければならない。
前回来た時に読んでいた雑誌を覚えておく。
まず何を読んで、次に何を読んだか・・・。
それらの雑誌の続きの号は、そのお客様から予約が入った時点で、用意しておく。
いかにお客様を観察し、情報を得るか。
いかにパーソナルなサービスができるか、ということが、「記憶に残るサービス」に結びつくんだ。
✳️ ほめられる
「お客様が、人からどう見られるか・・・これは重要だ」
自分では「オッケー」「いいじゃん」と思ったヘアスタイルでも、
第三者からどう見られるかを考えると、すごく心配だよね。
他人の反応によっては、「もうリッツには行かない」っていうことになってしまう。
リッツでは、「お客様に成功してもらうこと」を重視している。
だから、お客様の「きれいになりたい」という気持ちへの応え方も、
「他人にどう見られるか」を意識したものになっている。
また、お客様が友達と会話するときに、
自分のヘアスタイルについてうまく話せるようにしておくのも秘訣だ。
そのためには、これまでのプロセスのなかで、
スタイルのポイントをお客様にわかりやすい言葉で説明しておく必要がある。
わかりやすいとは、こんな感じ・・・
「今日は伊東美咲さん風の襟足のハネがポイントです」など、誰かに例えるのがいい。
また、期限(10日間)付き保証期間というのも用意している。
「保証」というとちょっとネガティブなイメージだけど、
スタッフに責任感を植え付ける上でも、大切な役割があるんだ。